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院長が権限をどこから渡すか

渡す範囲が段階的に広がることを示した図

任せられる人がいない、という相談をよくいただきます。しかし話を聞いていくと、任せられる人がいないのではなく、何をどこまで渡すかが決まっていないことがほとんどです。権限委譲は、任せるか任せないかの二択ではありません。渡す幅を段階で決める作業です。

この記事の要点

  • 委譲は二択ではなく、四つの段階で考える
  • 線を引けるもの(金額・時間)から先に渡す
  • 段を上げる判断は、結果ではなく決め方で行う

権限を委譲しても、責任は委譲できない。

ピーター・F・ドラッカー経営学者

ドラッカーは、任せたあとも結果に対する責任は上に残ると述べました。これは委譲をためらう理由ではなく、渡し方を設計すべき理由です。責任が残る以上、どこまで渡したかを曖昧にしたままでは院長が守られません。範囲を決め、紙に書くことは、渡される側だけでなく渡す側を守る仕組みでもあります。

「任せられない」の正体

任せられないと感じるとき、実際に起きていることは三つに分かれます。相手に能力がない、相手に情報がない、渡す範囲が決まっていない。このうち多いのは三つ目です。

たとえば材料の発注を任せたとします。相手は良かれと思って新しい材料を試そうとし、院長に確認に来ます。院長は「そこは聞かなくていい」と言いたいのですが、いくらまでなら勝手に買ってよいのかは伝えていません。相手からすれば、確認しないほうが危ない。こうして、渡したはずの仕事が戻ってきます。

能力の問題に見えることの多くは、範囲の問題です。範囲が決まっていないと、優秀な人ほど確認に来ます。

渡す幅を四段階に分ける

委譲は段階で考えると進みます。一つの仕事について、いまどの段にいるのかを決め、次の段に上げていきます。

第一段は報告だけです。決めるのは院長。本人は起きたことを報告します。この段は、判断の根拠を一緒に見る期間です。

第二段は相談して決める。本人が案を出し、院長が選びます。案が一つしか出てこないうちは、まだこの段です。二つ以上の案と、それぞれの理由が出てくるようになったら次に進めます。

第三段は決めて、報告する。本人が決めて動き、院長には事後に伝えます。院長の時間が空きはじめるのはここからです。

第四段は任せきる。範囲の中なら報告も要りません。院長が見るのは結果の数字だけになります。

権限委譲の四段階を横に並べた図
一足飛びに第四段へ進むと、たいてい第一段まで戻ります。

線を引けるものから渡す

何から渡すかで迷ったら、線を引けるものから渡してください。金額、時間、回数。数字で範囲を書けるものは、渡すのも確認するのも簡単です。

材料の発注は月10万円まで。シフトの確定は当月分まで。備品の購入は3万円まで。この一行があるだけで、本人はその範囲で迷わず動けます。超えるときだけ院長のところに来ます。

逆に、人の評価と採用の最終判断は最後まで残ります。ここは数字で線が引けないうえ、間違えたときの影響が長く続くからです。

順番としては、仕事を渡し、判断を渡し、人を渡し、最後に数字を渡す。この順で進めると、渡された側も無理がありません。

紙に書かないと、渡したことにならない

口頭で「任せるよ」と言っても、渡したことにはなりません。言われた側は、どこまでが自分の範囲か分からないままです。

組織図の箱の中に、決めてよいことを一行で書いてください。「主任/シフトの確定、材料発注(10万円まで)」。この一行が、渡した証拠になります。

書く作業には副産物があります。書こうとして書けない仕事が出てくるのです。それが、まだ渡せていない判断です。書けないことに気づけるだけでも、書く価値があります。

段を上げる判断の仕方

次の段に上げるかどうかは、結果ではなく決め方で判断します。

うまくいったから上げる、失敗したから下げる。これを繰り返すと、本人は結果を恐れて安全な判断しかしなくなります。見るべきは、何を見て決めたかです。数字を見たか、現場に確認したか、過去の例を調べたか。手順が踏めているなら、結果が振るわなくても段は上げてよいと考えています。

逆に、うまくいっても勘だけで決めているなら、まだ上げません。次に条件が変われば外すからです。

三か月に一度、段を見直す場をつくると進みます。面談の中で「この仕事は次の段でいけそうか」を一つずつ確かめます。

渡してはいけないもの

何でも渡せばよいわけではありません。院長が持ち続けるものがあります。

投資の最終判断、採用の最終判断、そして医院がどこへ向かうかという方向です。この三つを渡すと、医院の形が院長の意図と離れていきます。

もう一つ、渡してはいけないのが謝罪です。大きなことが起きたとき、院長が出ていかないと相手には伝わりません。任せた範囲で起きたことでも、外に対する責任は院長に残ります。ドラッカーの言うとおり、権限は渡せても責任は渡せません。

この線を先に決めておくと、それ以外は安心して渡せます。渡せないものがはっきりしている院長ほど、渡すのが速いというのが実感です。

よくあるご質問

権限を渡して失敗したらどうしますか?

取り上げないことです。取り上げると二度と決めなくなります。結果ではなく決め方を一緒に振り返り、次から何を見るかを足してください。

何から渡すのがよいですか?

金額や時間で線を引ける仕事からです。材料の発注、シフトの確定、備品の購入。線が引けるものは渡しやすく、確認も簡単です。

渡したのに相談に来るのはなぜですか?

どこまで決めてよいかが曖昧だからです。範囲を紙に書いて渡すと、この確認は目に見えて減ります。

萩原 直樹

この記事を書いた人

萩原 直樹経営学修士(MBA)/デンタルMBA 講座総括

歯科医院の経営を支える専門家として、全国の医院の経営支援に従事。戦略設計から組織構築、財務改善まで、経営の全体最適を支援する。支援実績40医院。

この記事のまとめ

  • 「任せられない」の多くは、能力ではなく範囲が決まっていないだけ
  • 委譲は二択ではなく、報告だけ・相談して決める・決めて報告・任せきるの四段階
  • 金額や時間で線を引ける仕事から先に渡す
  • 渡した範囲は必ず紙に書く。書けない仕事が、渡せていない判断
  • 段を上げる判断は、結果ではなく決め方で行う
  • 投資・採用・方向・謝罪は院長に残す

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