
事務長を置く前に決める三つのこと
事務長を置きたい、というご相談をよく受けます。院長先生が診療以外の仕事に追われていて、このままでは続かないという感覚があるからです。ところが、置いたあとに思ったより楽にならない、という話も同じくらい聞きます。人選の問題ではありません。渡す前に決めておくことが、決まっていないのです。
この記事の要点
- 先に決めるのは、任せる範囲・決めてよい線・渡す数字の三つ
- 院長に残すのは、診療と、人を採る・辞めるの判断
- 線が引かれていないと、事務長の仕事は増えても院長の仕事は減らない
権限は委譲できるが、責任は委譲できない。
任せることと、放り出すことは違います。任せた先で何が起きているかを知っておく責任は、院長に残ります。だからこそ、何を任せ、どこから相談してもらうかを先に決めておく必要があります。
事務長は「院長の代わり」ではない
うまくいっていない医院では、事務長が院長の代わりに全部やる人になっています。院長が手を離したいものが、何の整理もないまま流れていく。当然、判断のたびに院長へ確認が来ます。
相談が増えると、院長は結局その件を考えることになります。自分でやったほうが早い、という感覚が生まれ、いつのまにか元に戻ります。
事務長は、院長の代わりではありません。院長がやらないと決めた仕事を、責任を持って引き受ける人です。院長がやらないと決めていない仕事は、渡しても戻ってきます。
だから最初にやるのは、人を探すことではなく、やらないことを決めることです。
一つ目 任せる範囲を決める
院長が診療以外に使っている時間を、一週間だけ書き出してみてください。業者との打ち合わせ、シフトの調整、備品の発注、求人媒体とのやりとり、労務の相談、行政への書類。思っているより多いはずです。
書き出したら、院長でなくてもよい仕事に印をつけます。多くの医院で、半分以上に印がつきます。ここが事務長に渡す範囲の候補です。
反対に、渡さないものもはっきりさせます。診療の判断は当然として、人を採る・辞めるの判断は院長に残してください。ここを渡すと、医院の空気が変わったときに戻せなくなります。院長は、まだ言葉になっていない医院の文化を基準に見ています。その基準は、引き継ぎ書には書けません。
範囲は紙に書いて、スタッフ全員に共有します。共有していないと、現場は誰に聞けばよいか分からず、結局これまでどおり院長に聞きます。
二つ目 決めてよい線を引く
三つの中で、いちばん抜けやすいのがここです。範囲は渡したのに、どこまで自分で決めてよいかが決まっていない。事務長は確認するしかなくなります。
線の引き方は単純でかまいません。金額と場面の二つで引きます。一件五万円までの支出は相談なし。業者の変更は事前に相談。勤務時間の調整は月十時間までなら判断してよい。この程度の粗さで十分です。
大事なのは、線を全員に伝えることです。事務長にだけ伝えると、現場はその人が勝手に決めたと受け取ります。医院として決めた線だと分かっていれば、同じ判断でも受け取られ方が変わります。
そして、線の内側で出た判断は、結果が思わしくなくても後から覆さないでください。一度覆すと、次から全部確認が来ます。線を引いた意味がなくなります。
三つ目 渡す数字を決める
事務長を置く効果がいちばん出るのは、数字まわりです。多くの医院では、院長が月初に数字を集めています。集める作業と、見て決める作業を、同じ人がやっている状態です。
集める人と、決める人を分けます。毎月見る数字を五つほど決めて、事務長が同じ場所に記録する。院長は、出てきた数字を見て方向を決める側に戻ります。
数字は多くしないでください。新患数、キャンセル率、ユニットの稼働、治療のご相談を受けた件数、人件費率。この程度で十分です。増やすほど集める作業が重くなり、続かなくなります。
何を見るかの選び方は、院長が決算書で見るべき数字で詳しく扱っています。
外から採るか、中から育てるか
外から採る場合、経験者であっても医院の仕事の流れを覚えるのに半年はかかります。歯科の現場は、業界の外から見ると独特です。最初の半年は成果を求めず、覚えてもらう期間と考えてください。
中から上げる場合、注意点は一つです。その人がいまやっている仕事を、誰が持つかを先に決める。これを決めないまま役割だけ増やすと、二つの仕事を抱えて、どちらも中途半端になります。いちばん信頼している人ほど、こうして苦しくなります。
どちらの場合も、置いたあとに院長がやることは同じです。月に一度、三十分でよいので、任せた範囲がうまく回っているかを一緒に確かめる時間を取ってください。放り出すのと任せるのは違います。
院長が抱えている仕事の外し方は、お悩み別の解決事例集の「院長だけが大変な医院」でも扱っています。院長と事務長が同じ考え方を持っておくと、この三十分が短くなります。院長ひとりが学んでも、医院は変わらないで、一緒に学ぶことの意味を書いています。
よくあるご質問
事務長は外から採るべきですか、中から育てるべきですか?
どちらもあります。外から採る場合は、医院の仕事の流れを覚えるまでに半年はかかると見てください。中から上げる場合は、その人が抜けた分の仕事を誰が持つかを先に決めておかないと、二つの仕事を抱えることになります。
どのくらいの規模から事務長が必要ですか?
目安はユニット数やスタッフ数ではなく、院長が診療以外に使っている時間です。週に十時間を超えていて、そのうち半分が院長でなくてもよい仕事なら、置く価値があります。
事務長を置いたのに、院長の仕事が減りません。
決めてよい線が引かれていない可能性が高いです。判断のたびに院長へ確認が来ているなら、事務長の仕事は増えても、院長の仕事は減りません。金額と場面で線を引き直してください。
この記事のまとめ
- 事務長は院長の代わりではなく、院長がやらないと決めた仕事を持つ人
- 任せる範囲は、院長が診療以外に使っている時間を書き出すところから決める
- 金額と場面で決めてよい線を引き、全員に伝える。線の内側の判断は覆さない
- 数字は集める人と決める人を分ける。見る数字は五つ程度に絞る
この論点を体系的に扱うのが組織設計論です。2027年1月31日(日)に開催します。
