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スタッフがすぐ辞める歯科医院に共通すること

診療前に受付前へ集まり、その日の予定を確認する歯科医院のスタッフ

採用を繰り返しても定着しない。求人媒体を変え、給与を上げ、面接の回数を増やしても、一年経つとまた同じ顔ぶれが入れ替わっている。こうしたご相談をよくいただきます。原因は採用の方法ではなく、入職した後の設計にあることがほとんどです。

この記事の要点

  • 辞める理由は給与より、評価と育成の道筋が見えないこと
  • 入職1か月の受け入れ方で、その後の定着はほぼ決まる
  • 離職は個人の問題ではなく、仕組みの結果として起きる

人の強みを生かすことが、組織の唯一の目的である。

ピーター・F・ドラッカー経営学者

ドラッカーは、組織の役割を「人の弱みを意味のないものにすること」と表現しました。辞める人が続くとき、まず疑うのは本人の資質ではなく、強みが生きる配置になっているかです。

「人間関係」は理由ではなく結果

退職理由を尋ねると、多くの場合「人間関係」という答えが返ってきます。しかしこれは結果であって原因ではありません。人間関係が悪化する医院には、その手前に共通の構造があります。

誰が何を決めてよいのかが曖昧で、判断のたびに院長の確認が要る。評価の基準が示されていないため、頑張っている人ほど報われないと感じる。新人が入っても教える担当が決まっておらず、その日手が空いている人が場当たり的に教える。こうした状態では、些細な行き違いが人格の問題にすり替わります。

同じ出来事でも、判断の基準が共有されている医院では「決まりごとの確認」で終わります。基準がない医院では「あの人のやり方が気に入らない」になります。辞めていくのは人間関係が悪いからではなく、仕組みがないから摩擦が生まれ続けるからです。

ですから、退職者との面談で人間関係の話が出たときに「誰と誰が合わなかったのか」を追いかけても、根本には届きません。追うべきは、その摩擦がどの判断の曖昧さから生まれたのかです。

辞める人が見ているのは「これから」

待遇を改善しても定着しないことがあります。給与を上げた直後は落ち着き、半年ほどでまた同じ話が出る。これは、辞める判断の材料が「いまの条件」ではなく「これからの見通し」だからです。

三年後に自分がこの医院で何をしているのかが想像できるかどうか。任される仕事が増えていく道筋が見えるかどうか。評価されれば何が変わるのかが分かるかどうか。この3つが見えない状態では、条件がよくても人は静かに次を探しはじめます。

逆に、見通しが示されている医院では、多少の不満があっても人は残ります。いま我慢していることに意味があると分かるからです。定着を待遇の問題として扱っている限り、原資は無限に必要になります。見通しの問題として扱えば、費用をかけずに効く手が見つかります。

採用・評価・育成・定着はひとつの輪

人材の問題は、4つの段階に分けると整理できます。採用、評価、育成、定着です。多くの医院ではこの4つが別々に扱われています。人が足りなくなったら採用を考え、不満が出たら評価制度を考える。この順番では、いつまでも後追いになります。

本来この4つはひと続きです。どういう人に来てほしいかが決まらなければ求人は書けません。求める人物像が決まって初めて、何を評価するかが決まります。評価する項目が決まれば、何を教えるべきかが決まります。教える内容が決まれば、育った人が次の新人を教えられるようになります。

この循環が回りはじめると、採用の負担そのものが軽くなります。育った人が教えられるようになると、院長が新人教育に割く時間が減ります。時間が空けば、次の設計を考えられます。逆に循環が切れていると、採用するたびに院長の時間が削られ、設計を考える余裕がなくなり、また場当たりの採用に戻ります。

どこか一箇所だけを直しても元に戻るのは、このためです。評価制度だけを立派に作った医院で、かえって不満が増えることがあります。求める人物像が定まっていないまま評価項目だけを決めると、評価が現場の実感とずれるからです。

先輩の歯科衛生士が新人に器具の準備を教えている様子
誰がいつ何を教えるかが決まっていると、新人の立ち上がりが安定します。

歯科医院に固有の3つの条件

歯科医院には、一般企業と違う条件が3つあります。この3つを踏まえないまま他業種の人事施策を持ち込むと、うまく機能しません。

ひとつめは有資格者中心の組織であることです。歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士はそれぞれ国家資格を持ち、できる業務が法律で定まっています。そのため職種をまたいだ配置換えがしにくく、一人が抜けたときの穴を他の職種で埋められません。採用の難易度も職種ごとにまったく違います。衛生士が辞めたときの影響の大きさは、他業種の一人分とは意味が異なります。

ふたつめはチェアという物理的な制約です。同時に診られる患者数が設備で決まるため、人を増やしても売上が比例して増えるとは限りません。この関係を理解しないまま増員すると、一人あたりの生産性が下がり、待遇を改善する原資が生まれません。人を大事にしたいという思いが、結果として待遇を下げることがあります。

みっつめは院長が最大の稼働力であることです。院長がチェアに入っている限り、組織のことを考える時間は診療の合間しかありません。結果として人の問題は先送りされ、限界が来てから対処することになります。人事の設計を「時間ができたらやること」に置いている限り、その時間は永久に来ません。

最初の一歩は制度づくりではない

最初にやるべきは制度づくりではありません。いま医院で誰が何を決めてよいことになっているかを、紙に書き出すことです。

書き出す対象は、日々の小さな判断で構いません。材料の発注をいくらまで自分の判断でしてよいか。予約の変更をどこまで受けてよいか。患者からの質問に、どこまで答えてよいか。書き出してみると、ほとんどの判断が院長に集まっていることが見えます。

そのうち院長でなくてもよいものを渡していきます。渡すときには、判断の基準もあわせて言葉にします。「困ったら聞いて」では渡したことになりません。「この条件ならこうする、それ以外は相談」まで決めて、初めて渡したことになります。

評価制度を先につくると、多くの場合うまくいきません。何を評価するかは、どういう医院にしたいかが決まって初めて定まるからです。順番を逆にすると、制度が不満の発生源になります。まず判断を渡し、渡した判断がどう行われたかを見る。その積み重ねの中から、評価すべきことが見えてきます。

半年で何が変わるか

判断を書き出して渡しはじめると、数か月で変化が出ます。最初に変わるのは院長の時間です。確認のために中断される回数が減ります。

次に変わるのはスタッフの発言です。判断を任された人は、任された範囲について考えるようになります。会議で意見が出るようになるのは、意識が高まったからではなく、考える対象を持ったからです。

離職率が下がるのは、その後です。数字に出るまでには一年ほどかかります。ここで焦って別の施策を重ねると、また元の場当たりに戻ります。人の問題に即効性のある打ち手はありません。だからこそ、早く始めた医院ほど差がつきます。

よくあるご質問

離職率の目安はどれくらいですか?

業種や規模で幅がありますが、常勤スタッフが1年以内に複数名続けて辞めている場合は、採用ではなく受け入れと育成の設計を見直す段階です。

給与を上げれば定着しますか?

一時的には効きますが、長続きしません。評価の基準と成長の道筋が見えていない医院では、上げた給与はすぐ当たり前になります。

辞めると言われたら引き止めるべきですか?

本人の意思が固まってからの引き止めはほとんど効きません。それより、辞める理由を正確に聞き取り、次の人に同じことが起きない設計に変えるほうが効果があります。

萩原 直樹

この記事を書いた人

萩原 直樹経営学修士(MBA)/デンタルMBA 講座総括

歯科医院の経営を支える専門家として、全国の医院の経営支援に従事。戦略設計から組織構築、財務改善まで、経営の全体最適を支援する。支援実績40医院。

この記事のまとめ

  • 退職理由の「人間関係」は結果であり、原因は判断の基準が共有されていないこと
  • 人は「いまの条件」ではなく「これからの見通し」で残るかどうかを決める
  • 採用・評価・育成・定着は切り離せない。どこか一つだけ直しても元に戻る
  • 歯科医院は有資格者中心・チェアの制約・院長が最大の稼働力という3条件を持つ
  • 最初にやるのは制度づくりではなく、いまの決裁範囲を紙に書き出すこと

この論点を体系的に扱うのは人材マネジメント論です。

判断の質を上げることが、医院の未来を守る。

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