
院長が決算書のどこを見るべきか
売上は伸びているのに、手元にお金が残らない。この状態は、損益計算書だけを見ていると原因が見つかりません。決算書は3つの書類が組になっていて、それぞれ答えられる問いが違うからです。
この記事の要点
- 決算書は結果表ではなく、次の判断材料として読む
- 見るべきは人件費率、減価償却と元本返済の差、手元現金の月数
- 利益が出ているのに現金がない理由は、この3つの関係で説明できる
計測できないものは、管理できない。
よく引かれる言葉ですが、ドラッカー自身は数字偏重も戒めています。数字は判断の材料であって、判断そのものではありません。それでも材料がなければ判断はできません。
3つの書類は、それぞれ別の問いに答える
損益計算書は「一年でいくら儲かったか」に答えます。貸借対照表は「いま何を持っていて、いくら借りているか」に答えます。キャッシュフロー計算書は「現金がどこから入って、どこへ出ていったか」に答えます。
売上が伸びているのに現金が残らないという状態は、損益計算書では黒字なのに、現金が設備や借入の返済に回っていることを意味します。これは損益計算書だけを見ていても永久に分かりません。見る書類が問いと合っていないからです。
多くの院長が決算書と聞いて思い浮かべるのは損益計算書です。税理士から説明を受けるときも、売上と利益の話が中心になりがちです。しかし経営の判断に効くのは、むしろ残りの2つです。いくら借りていて、あと何年で返し終わり、手元にいくら残っているのか。次の一手を決めるのはこちらの情報です。
利益と現金がずれる2つの理由
歯科医院でこのずれが起きる代表的な原因が2つあります。どちらも設備投資の多い業種に特有のものです。
ひとつは減価償却です。チェアやCTを購入した年に、その全額が費用になるわけではありません。何年かに分けて減価償却費として計上されます。つまり現金は一度に出ていくのに、費用は少しずつしか計上されない。だから買った年は利益が出ているのに現金がない、という状態になります。
もうひとつは借入の返済です。返済のうち元本の部分は費用になりません。現金だけが出ていきます。減価償却費よりも元本返済のほうが大きい場合、帳簿上の利益が出ていても現金は毎月減っていきます。この状態は、数年続くと資金繰りが行き詰まります。
この2つが重なるのが、開業から数年目と、大きな設備更新をした直後です。売上は順調なのに何かおかしいと感じるとき、多くはこのずれが起きています。感覚が正しく、数字の見方が追いついていない状態です。
院長が最初に見る3つの数字
決算書のすべてを読む必要はありません。まず3つで足ります。
ひとつめは人件費率です。売上に対して人件費がどれだけを占めているか。これが適正を超えていれば、増員しても待遇は改善できません。増やすべきは人ではなく、一人あたりが生み出す価値のほうだという判断になります。
ふたつめは減価償却費と元本返済額の差です。減価償却費より返済のほうが大きければ、利益が出ていても現金は減ります。この差が分かると、次の設備投資を今年やるべきか来年に回すべきかが決まります。
みっつめは手元現金が月々の支出の何か月分あるかです。これが経営判断の余裕を決めます。数か月分しかない状態では、思い切った投資も、人材への先行投資もできません。守りの数字に見えますが、実際には攻めの選択肢の幅を決めているのはこの数字です。
この3つが分かるだけで、日々の判断の質が変わります。逆に言えば、この3つが即答できない状態で大きな投資を決めるのは、地図を持たずに知らない街を歩くのに近いことです。
数字は「率」で見ると比較できる
金額だけを見ていると、去年と比べて増えたか減ったかしか分かりません。率で見ると、他の医院や業界の水準と比べられるようになります。
人件費率、材料費率、家賃比率、そして営業利益率。この4つを毎年並べておくと、どこが動いたのかが一目で分かります。売上が伸びたのに利益が増えていないとき、どの率が悪化したのかを見れば、原因の当たりがつきます。
注意したいのは、率だけを追いかけて金額を見失うことです。人件費率を下げることが目的になると、必要な増員ができなくなります。率は原因を探すための道具であって、目標ではありません。目標に据えるべきは、その先にある「何を実現したいか」のほうです。
税理士との面談が変わる問いの立て方
税理士任せにしないというのは、自分で記帳しろという意味ではありません。記帳と申告は専門家に任せるべきです。院長がやるべきなのは、出てきた数字に対して問いを立てることです。
なぜ去年より人件費率が上がったのか。この設備投資の判断は正しかったのか。あと何年で借入が終わるのか。いま追加で借りるとしたら、いくらまでなら返せるのか。こうした問いを持って面談に臨むと、同じ一時間の中身がまったく変わります。
税理士は税務の専門家であって、医院経営の意思決定を代行する立場ではありません。問いを立てるのは院長の仕事です。数字が読めるというのは、計算できることではなく、問いを立てられることです。
決算書は過去、判断は未来
決算書が語るのは、終わった一年のことです。そこから学べることは多いのですが、決算書だけを見ていても次の一手は決まりません。
必要なのは、決算書で確かめた現在地に、これからやろうとしていることを乗せて考えることです。増員したら人件費率はどう動くか。設備を入れたら返済と減価償却の差はどうなるか。自費が伸びたら、材料費率と粗利はどう変わるか。
この計算ができるようになると、迷いが減ります。やるかやらないかで悩んでいた判断が、いつやるかの判断に変わるからです。数字は決断を代わりにしてくれませんが、決断の材料をそろえてくれます。
よくあるご質問
決算書のどこから見ればよいですか?
損益計算書の人件費率から見てください。歯科医院では最大の費用で、変動させにくい費用でもあります。
利益が出ているのに現金が残らないのはなぜですか?
減価償却費より借入の元本返済額が大きいときに起きます。返済は費用になりませんが、現金は確実に出ていきます。
税理士に任せていれば十分ですか?
記帳と申告は任せられますが、投資の判断は院長にしかできません。数字を読む力は、任せ先を選ぶ力にもなります。
この記事のまとめ
- 決算書は3つの書類の組で、それぞれ答えられる問いが違う
- 利益と現金がずれる原因は、減価償却と借入元本の返済
- 院長がまず見るのは、人件費率、減価償却費と元本返済の差、手元現金の月数
- 金額ではなく率で並べると、どこが動いたかが分かる
- 数字が読めるとは、計算できることではなく問いを立てられること
この論点を体系的に扱うのはデンタルMBAとはです。
