
院長ひとりが学んでも、医院は変わらない
セミナーに出た次の日、院長先生は朝礼で話します。昨日こういう話を聞いてきた、うちでもやってみよう。スタッフは聞いています。けれども二週間後、その話は残っていません。よくある光景です。これは、院長の伝え方が下手だからではありません。聞いた人と、動く人が違うからです。
この記事の要点
- 学んだ内容は、伝えるあいだに細くなる。悪意も怠慢もなく、必ず細くなる
- 幹部スタッフや事務長が同じ講義を聞いていると、戻ってからの相談が「どこから手をつけるか」になる
- 連れていく人は、役職ではなく「決めたことを現場で回す人」で選ぶ
組織の目的は、凡人をして非凡なことを行わしめることにある。
ドラッカーは、成果を一人の卓越した能力に頼らない形にすることが組織の役割だと書きました。院長一人の理解に頼っている医院は、院長の時間と体力がそのまま医院の上限になります。学びを組織のものにするというのは、その上限を外す作業です。
持ち帰った話は、なぜ細くなるのか
講義では、なぜそうするのかを時間をかけて扱います。前提となる考え方、うまくいかない例、自院に当てはめるときの注意点。院長先生は、その全部を聞いて納得して帰ります。
ところが医院に持ち帰るとき、話せる時間は朝礼の五分です。五分に収めようとすると、残るのは結論だけになります。これからは担当制にする。記録の書き方を変える。理由は落ちて、やることだけが伝わります。
理由が落ちた指示は、忙しくなると最初に消えます。なぜやるのかを知らないまま始めたことは、繁忙期に今日はやめておこうとなり、そのまま戻りません。院長からすると「また続かなかった」に見えますが、現場からすると、そもそも何のためにやっていたのかが分からなかっただけです。
ここで院長がもう一度説明し直すと、今度は「院長がまた何か始めた」という受け取られ方になります。悪循環の入口は、いつも同じところにあります。聞いた人が一人しかいないことです。
同じ場で聞いた人がいると、何が変わるか
幹部スタッフや事務長が同じ講義を聞いていると、医院に戻ってからの会話が変わります。前提の説明が要らないので、いきなり中身の相談から始められます。
相談の中身も変わります。院長一人のときは、やるかやらないかの話になりますが、二人いると「どこから手をつけるか」の話になります。現場を知っている人が、順番と分量を現実に合わせてくれるからです。
もう一つ大きいのは、進める人が院長以外にもいることです。院長が診療で埋まっている週でも、話が止まりません。決めたことが止まる医院の多くは、進める役が院長しかいません。
ある医院では、院長と事務長とチーフの三人で同じ回に参加されました。帰りの車の中で、どの動線から変えるかまで決まっていた。翌週から動き出し、三か月後には形になっていました。特別に優秀だったからではありません。同じ話を同じ日に聞いた人が三人いたからです。
誰を連れていくか
連れていく人を、役職の名前で選ばないでください。チーフだから、主任だから、ではなく、決めたことを現場で回している人で選びます。
目安は三つあります。新しいことを始めるとき、院長が最初に相談する相手。院長がいない日に、判断を求められている人。そして、スタッフから「これどうしますか」と聞かれる回数が多い人。この三つに当てはまる人は、肩書きがなくても医院を動かしています。
人数は、一医院につき二名までが目安です。多いほうがよさそうに思えますが、三人以上になると全員が当事者でなくなります。誰かが聞いていてくれるだろう、という気持ちが出ます。
事務長がいる医院なら、事務長は連れていく前提で考えてください。数字と仕組みを預かっている人がその場で考え方を聞いておくと、翌週から作業が変わります。事務長の役割そのものについては、事務長を置く前に決める三つのことで扱っています。
事務長がいる医院は、数字の話が早い
講義では、自院の数字を思い浮かべながら考える場面があります。ここで、数字を普段さわっている人が同席しているかどうかで進み方が変わります。
院長一人で参加された場合、その数字は医院に戻らないと分からない、という場面が必ず出ます。持ち帰って調べて、次に考えるのは来月。二か月が過ぎます。
事務長や、数字をまとめている幹部が一緒にいると、その場で概算が出ます。概算でも、桁が合っていれば判断はできます。決められる場で決めておくことが、実行までの時間を短くします。
数字を見せることをためらう院長先生もいます。ただ、任せたい相手に数字を見せないまま、もっと経営の視点で考えてほしいと言うのは、地図を渡さずに道案内を頼むようなものです。見せる範囲は決めてかまいません。範囲を決めて渡すほうが、曖昧に隠すより信頼されます。
受講の前に、一つだけ決めておく
複数人で受講されるときは、行く前に一つだけ決めておいてください。帰ってきたら、いつ話す時間を取るかです。
おすすめは、受講から三日以内に一時間です。記憶が新しいうちに、何を自院でやるかを一つだけ選びます。三つも四つも選ぶと、結局どれも始まりません。
その一時間で決めるのは、何をやるか、誰がやるか、いつ確かめるかの三つだけです。ここまで決めてしまえば、あとは会議で追いかけられます。会議の回し方は決めたことが動かない医院の会議で扱っています。
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よくあるご質問
幹部スタッフは、どの立場の人を連れていけばよいですか?
役職の名前ではなく、決めたことを現場で回している人を選んでください。チーフでも、主任でも、いちばん長く現場を見ている衛生士でもかまいません。判断の相談相手になる人が一人いるだけで、戻ってからの進み方が変わります。
スタッフに経営の話をすると、給与の話になりませんか?
なります。ただ、それは隠していても起きます。数字を見せる場合は、収入だけでなく、何にいくらかかっているかまで一緒に見せてください。残るお金が思ったより少ないことが分かると、話は分配ではなく、どうやって医院を続けるかに移ります。
受講料は医院で負担すべきですか?
医院負担にしている医院がほとんどです。学んだことを医院で使ってもらう前提なので、研修費として扱うのが自然です。受講後に何を変えるかを事前に決めておくと、費用の説明もしやすくなります。
この記事のまとめ
- 持ち帰った話は、伝えるあいだに理由が落ちて、やることだけが残る
- 同じ講義を聞いた人が医院にいると、相談が「どこから手をつけるか」から始まる
- 連れていくのは、決めたことを現場で回している人。二名までが目安
- 帰ってから三日以内に一時間。やることを一つだけ決める
この論点を体系的に扱うのが組織設計論です。2027年1月31日(日)に開催します。
