
五年後の医院から逆算して、いまを決める
このままでいいのだろうか。分院を出すべきか、いまの医院を深めるべきか。そう考えながら、何年も同じところにいる。そんなご相談をよくいただきます。困っていることは、たいていありません。患者さんは来ていて、スタッフも大きく辞めていない。ただ、このままで十年後どうなるのかが見えない。決まらないのは、迷っているからではありません。
この記事の要点
- 先に手段を並べると、どれも正解に見えて決まらない
- 五年後の姿は、売上ではなく人と決めごとと院長の時間で書く
- 一年目だけを月単位に落とし、三年目と五年目は方向だけ書いておく
戦略の本質は、何をやらないかを決めることにある。
やることを決めるより、やらないことを決めるほうが難しいものです。分院も設備も自費も、どれも医院を良くしそうに見えます。五年後の姿が書いてあると、この五年はやらないと言える根拠ができます。
決まらないのは、迷っているからではない
決まらない理由は、情報の不足ではありません。順番が逆になっているだけです。先に手段を並べて、そこから選ぼうとしています。分院か、設備か、自費か、採用か。並べた時点で、どれも正解に見えてきます。
弊社が支援したある医院では、毎年、そろそろ次を考えたい、というお話をいただいていました。スタッフ十数名、開業から十年ほど、地域の患者さんに支えられて経営は安定している医院です。三年たっても、同じ言葉のままでした。
ご相談のたびに、話は手段の比較になりました。分院を出すか、機械を入れるか、自費を増やすか。どれも一長一短で、結論が出ないまま次の年になります。比べるための基準がなかったからです。
基準は、五年後にどうなっていたいかの中にしかありません。そこを飛ばして比べていたので、何年比べても決まりませんでした。足りないのは決断ではなく、書いた紙です。
五年後の姿は、人と仕組みで書く
五年後の姿を書くとき、売上の数字から入らないでください。数字は結果です。書くのは四つです。何人のスタッフと働いているか、誰が何を決めているか、どんな診療をしているか、院長先生自身が週に何日、何をしているか。
紙一枚、二時間で書けます。先の医院で書き出してみて、院長先生がいちばん驚いていたのは、分院の話が出てこなかったことでした。五年後の姿を書くと、やりたかったのは規模ではなく、いまの医院で任せられる人を育てることだったと分かりました。
書いたら、幹部スタッフに見せて、違うと思うところを言ってもらってください。この医院では三名に見せて、三人とも、それなら協力できます、と言ったそうです。手段の比較は院長先生お一人の作業ですが、五年後の姿は一緒に持てます。
書いてあれば、迷ったときに戻る場所ができます。同じところで止まっていた医院が何から手をつけたかは、お悩み別の解決事例集にまとめています。
増やすか、深めるかを選ぶ
分院を出す前提でご相談に来られた医院があります。スタッフ二十名ほど、ユニット十台前後、勤務医が数名いる医院です。検討の理由は、勤務医の将来のポストを用意したいというものでした。悪い理由ではありません。ただ、それだけでは足りませんでした。
いまの医院で、院長先生が見ていないと判断が止まる部分が残っていました。その状態で二つ目を持つと、どちらも院長先生待ちになります。分院を出して苦しくなる医院は、たいていここです。一方で、いまの医院にも伸びる余地はありました。予約が取りにくい時間帯があり、説明に時間をかけられないまま治療に入っている患者さんもいました。
そこで、増やす道と深める道を、人・お金・院長の時間の三つで並べて比べました。増やすなら新しく十名前後が必要で、大きな借入も要り、院長先生の時間は二年は今より増える。深めるなら、いまの人で足りて、費用はほぼかからず、時間は減らせる。並べると、最後の行に必ず同じものが出てきます。どちらを選んでも必要になることです。この医院では、幹部が自分で決められる状態を作ることでした。
結論は、五年は深める、でした。出さないではなく、五年は深めると伝えたので、勤務医にとっても先の可能性が閉じていません。ポストは分院長ではなく、診療科ごとの責任者という形で用意しました。深める道でやったのは、説明の時間を予約に組み込むこと、担当制をはっきりさせること、責任者に決定権を渡すこと。設備投資はほとんどしていません。三年目のいま、この医院は分院の話を再び検討しはじめています。前回と違うのは、院長先生がいない日でも判断が止まらなくなっていることです。
一年目・三年目・五年目の置き方
五年分を細かく書く必要はありません。一年目だけは月単位まで落とし、三年目と五年目は方向が書いてあれば十分です。先の計画は、毎年書き直すものだと考えてください。
はじめの医院の並べ方はこうでした。五年後の姿は、院長が週に一日いなくても診療も判断も回っている。一年目は、幹部三名の役割と決めてよい範囲を紙にする。二年目から三年目は、新人の教育を幹部に渡し、院長は月に一度の面談だけにする。四年目から五年目は、数字の管理を幹部と共有し、院長は方針だけを見る。
効いたのは、一年目にやることを一つに絞ったことです。この医院は一年目を、幹部の役割を決めることだけに使いました。二年たった今、三年目の計画に入っています。やることを増やすほど、どれも終わりません。
反対に、効かなかったことも書いておきます。売上の数値目標を先に立てる、他院の成功例をそのまま持ち込む、セミナーで聞いた手段を試す。どれも動きは出ますが、五年後の姿が決まっていないので、一年で別の手段に移っていました。決めてよい範囲をどう渡すかは、院長が権限をどこから渡すかで扱っています。
引き際は、早めに考えはじめる
五十代半ばの院長先生から、承継のご相談をいただいたことがあります。開業から二十年以上、スタッフ十数名、お子さんは歯科には進んでいない医院です。まだ十年以上は現役です。それでも、この時期に考えはじめたことが効きました。きっかけは、同世代の先生が急に体調を崩して医院をたたみ、スタッフも患者さんも行き先を探すことになったという話でした。
この医院では、院長先生がいなければ診療が止まりました。技術のことだけではありません。材料の仕入れ先も、機械の保守の連絡先も、金融機関の担当者も、院長先生の頭の中にしかありませんでした。
承継を考えるというと、相手を探す話だと思われがちです。先に必要なのは、渡せる状態を作ることでした。渡せる形になっていない医院は、誰も引き受けられません。十年を三つに区切りました。はじめの三年で、頭の中にある情報を全部書き出し、診療の流れを院長以外の医師でも再現できる形に文書化する。次の四年で、日々の判断を幹部と勤務医に渡し、院長は週の半分に減らす。最後の三年で、引き受け手と一緒に働く時間をつくり、患者さんに順に伝える。
書き出す作業には半年かかりました。院長先生の言葉では、自分がどれだけ抱えていたか書いてみて初めて分かった、とのことでした。承継を考えていること自体を幹部スタッフに早めに伝えたことも大きかったようです。隠しているほうが不安を呼びます。相手はまだ決まっていません。それでも、いま急に何かがあっても医院は続きます。この時期に整えておくことは、承継を見据えて50代で整えることにまとめています。
よくあるご質問
五年後の姿を書こうとしても、思い浮かびません。
理想から書こうとすると止まります。いまの医院で続いてほしいところと、五年後には変わっていてほしいところを、それぞれ三つ挙げるところから始めてください。挙がった六つを並べれば、五年後の姿の下書きになります。
幹部スタッフに見せると、期待させてしまいませんか?
見せるのは、決まった計画ではなく下書きだと伝えてください。違うと思うところを言ってもらうために見せる、という形にすると受け止め方が変わります。見せていない計画は、実行の段階で必ず止まります。
分院を出すかどうか、まだ決められません。
決めなくて構いません。増やす道と深める道を並べて比べると、どちらを選んでも必要になることが出てきます。多くの場合それは、院長以外が自分で決められる状態を作ることです。迷っているうちは、そこから始めれば無駄になりません。
この記事のまとめ
- 手段を先に並べると、どれも正解に見えて何年比べても決まらない
- 五年後の姿は、人・決めごと・診療・院長の時間の四つで紙一枚に書き、幹部スタッフに見せる
- 増やす道と深める道を並べ、どちらにも必要なことから始める
- 一年目だけを月単位に落とし、三年目と五年目は方向だけ。引き際は、渡せる状態を作ることから早めに始める
この論点を体系的に扱うのが組織設計論です。2027年1月31日(日)に開催します。
